
塩沼さんは、福島県相馬郡新地町出身。大学進学を機に地元を離れ、その後は長野県で販売や営業、イベント関連の仕事など、多彩なキャリアを築いてきました。そんな中、フリーランスとして歩んでいくことを決意し、福島にUターン移住します。塩沼さんが故郷で改めて感じたことについて、そしてどのようにしてUターンを決断したのか、ご紹介します。

副業をきっかけに改めて知った「地元」
塩沼さんにとって最初の転機は、新型コロナウイルスの影響で、当時勤めていたイベント関連会社の仕事が減少したことでした。この変化の中で、塩沼さんは「今、自分にできることは何か」と考え、独学でデザインとコーディングを学びました。その結果、会社のホームページ制作を手掛けるまでに至り、そこで「自分の道を切り開きたい」という思いが芽生えたことで、フリーランスとしてデザインを仕事にすることを決断しました。 そんな折、パートナーから「福島で働いてみたい」という一言がありました。福島に連れてきたことはありましたが、まさか福島に拠点を移すほどの真剣さがあるとは驚きました。いずれ自分も帰りたい思いはあったので、そのことをきっかけに地元福島への関心が高まりました。移住のための情報収集を進める中で、福島県副業人材マッチングサイトで見つけた株式会社クロコカンパニー(相馬市)の募集に目が留まり、応募を決めました。

クロコカンパニーは創業4年目を迎え、地域に根差したイベント会社として、地元の住民や企業と連携しながら、多彩なイベントを展開しています。松本代表の「地域の皆様に喜んでもらえる場を作り、地域を活気づけたい」という理念に共感し、塩沼さんは副業人材として事業に携わることになりました。 クロコカンパニーでは、アルバイトスタッフの統括、企画書や資料の作成、販促用のデザイン制作など、さまざまな業務を担当しました。さらに、イベント現場では住民や関係者の方と直接やり取りをする中で、地域のリアルな声に触れる機会が増えました。直接かかわることで、地域をより深く理解することができるようになったそうです。

「副業を通じて、地元の現状を直接知ることで、これまで知らなかったことがたくさんあると気づかされました」と塩沼さんは語ります。相馬市は地元である新地町に隣接するものの、これまで知ることができなかった地域の情報や新たな発見がたくさんあったそうです。また、地元以外の人々との交流も広がり、新しい人脈を築くことができたといいます。 「副業を通じて地域と深くつながることができたおかげで、Uターン後の仕事の道筋が見えてきました」と塩沼さんは語ります。

副業がUターン移住のステップに
副業を経てUターン移住の準備を進めた塩沼さんは、パートナーと共に、新地町や相馬市に近い南相馬市に移住しました。移住後はフリーランスとして撮影やデザイン制作を行っており、自身の事業を通じて、福島の魅力を発信し続けています。また、移住後もクロコカンパニーでの活動を継続し、地域イベントのプロモーションや新たな取り組みにも関わっています。塩沼さんのアイディアも運営に活かされ、成果を感じる場面も増えたとのことです。「週に1度は出社して、会社の様々なことを任せてもらっています。代表は忙しいので、少しでもサポートできればと思っています。」と塩沼さんは語ります。副業で培った経験が、フリーランスとしてのキャリアを後押しし、地元への貢献につながっています。「副業が地固めになり、移住後の生活もスムーズに移行できました」と振り返る塩沼さんの姿には、着実な歩みがうかがえます。 また、Uターンしてからは地元以外の地域でも人脈ができたことが特に良かったと感じているそうです。「実際に地元の新地町での仕事にもつながりましたし、南相馬市や他の地域にまで輪が広がっていったのは大きな収穫でした」と塩沼さんは言います。移住前は地元でのコネクションをどう作ればいいのか悩んでいたそうですが、今では地元の皆さんとの関係をしっかり築き上げている様子が伺えます。

塩沼さんは「このサイトが、私と同じように地元に戻るきっかけやヒントを提供するものになれば嬉しいです」と語ります。副業が持つ魅力は、スキルアップだけでなく、新しい視点や人脈を得るきっかけになる点だとも話しています。「地元に戻ることを考えるなら、副業を通じて少しずつ関わりを持つのが良いと思います。私も副業をきっかけに移住後の不安が軽減されました」と塩沼さん。 塩沼さんの物語を通じて、皆さんもぜひ、新しい「地元」の姿を見つけてみてください。